台湾の特急列車脱線事故に思う事

台湾で、特急列車脱線事故が起きて尊い犠牲が出てしまいました。

報道では、列車運行システムに日本の技術が使われており、その技術の問題に注目するものもあります。

日本の鉄道技術は、世界よりその時間の正確性から信頼され、輸出されることがあるのですが、なぜこのようないたましい事故が起きてしまったのでしょうか?

台湾特急列車事故の原因

事故調査が終わっている状態ではないので、検証が十分な状態ではありませんが、事故が起きた現場は急カーブで、時速65kmの速度制限区域だったようです。

そこに、時速130kmと倍近い速度で侵入したことが原因だと報道されています。

また、列車が区域による速度の制限を自動的に行う安全装置が、運転士によって切られていたという事が明らかになっているようです。

安全装置なし、速度超過での危険区域侵入といった原因での事故は、日本で起きた列車事故を思い出させます。

福知山線脱線事故

2005年4月25日、JR西日本、福知山線において、列車脱線事故が発生しました。

死者100名を超える大惨事となり、安全管理や日勤教育の是非について多くの議論が生まれました。

調査結果では、半径300mの急なカーブに時速116kmで侵入した単純転覆脱線と結論付けられており、現場に速度抑制装置を取り付けていれば防ぐことができた事故だと、JR西日本は大きな非難を受けました。

現場では、事故現場となった個所に速度抑制装置を取り付けましたが、取り付けてから5年の間に速度超過による緊急停止が11件発生してたようです。

現場は、速度の出やすい箇所であったのでしょう。

外部リンク:JR福知山線脱線事故(ウィキペディア)

働かなかった安全装置

今回、台湾で起こった事故では、安全装置の設置がなされていたにもかかわらず、それが切られ、速度超過を止める事が出来なかったことが大きな原因となっていますが、この問題は単純に運転士に責任がある問題として片付けるべきかは、さらなる調査が必要と考えています。

リンク:安全のためのルールはめんどくさいから守られない

通常鉄道運行は、ダイヤと呼ばれる運行図をもとに時間管理され、列車の駅への到着・発車時刻は厳密に管理されています。

それを考えると、この区間の安全装置は、時間的に正常な運行の妨げになっていたのではないかと推測できるのです。

安全は技術が考え、運行は他が考える

通常の考えであれば、安全な運行が出来る状態を維持しながら適切なダイヤが組まれているものと想像していますが、台湾でも日本でも、そうではない場合があると言うのは、上記二つの事故から明らかです。

技術者は、安全のために速度規制や安全装置を考えます。

それとは別に、他の電車との接続を考え、利益性を考慮し、ダイヤは組まれます。

技術者は、運行を考えながら安全策を講じていかなければいけませんし、ダイヤは安全を考慮した物を組まなければいけません。

その二つが相反する場合、協議・検討によって最適なダイヤが組まれるべきですが、お互いがお互いの状況を考えずに運用され始めるのです。

結果、ダイヤを守る時に安全装置が邪魔になるという状態が発生します。

現場で安全装置を切るという、普通に考えればありえない行動に出たのは、計画段階での歪みの付けを全て現場に投げた結果と言えるでしょう。

安全が疎かになる時

この歪みは、鉄道業界だけに発生する問題ではありません。

事後・労災が発生し、安全のためのルールが追加されることがあった場合に、それが通常の運営の妨げになるにもかかわらず断行することは、どこの業界でもある事です。

事故にならなくとも、上司が忙しいから、納期が厳しいからと、チェックを受けずに書類を通してしまうような運用は簡単に想像できるでしょう。

安全上のルールや、クオリティーを高めるための工程は、納期や繁閑の差によって無視されるものなのです。

安全のためのルールや仕組みは、工程や納期を充分守れる状態を維持しながら作られるべきです。

安全確認のための工程作業を加え納期を延ばす、安全を守れる設備を購入する、列車の本数を減らす等の対応が必要になってきます。

しかし、それにより多額の費用が発生したり、利益の機会を失う事を気にするあまり、工程を無視した”安全ルール”という現場への押し付けで終わるのです。

工程を度外視して作られた安全ルールは、次第に形骸化し、のど元を過ぎた頃にさらに大きな事故へと発展します。

切られた安全装置と同じように。

形骸化する安全対策

特に気を付けるべきは、労災事故が起こってからの「安全委員会」による「再発防止」です。

直近で起きた事故に対し、通常工程を考えない理不尽なルールを作り出してしまう場合があります。

当然、製造現場の人間を主として集められたその委員会に、販売担当は出席しません。

結果、製品の納期が延びるようなルールが作られることは想像に難くありません。

しかし、販売の「現場」に立たされる販売員は、納期の遅れという結果は絶対に避けなければいけない事態として圧力をかけてきます。

それを処理しなければいけないのが、製造の「現場」だったとしたら・・・。

ルールを守らなかった「現場」だけが責められるものと言えるでしょうか?

利益と安全の共有

利益を生む工程、運用は企業として当たり前な事です。

しかし、社会はそこに安全が当たり前にあるものだと思っています。

安全を「現場のルール」として運用を無視して押し付け、その上で「厳しい工程」を強要することのないように、取り組んでいってもらいたいと願っております。

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