磨かぬ原石は只の石

学ぶという事は、簡単な事ではありません。

学生時代は苦手な教科を克服するために努力した方も多いでしょう。

勉強に限らずとも、日常にあるいろいろな事を全て知っているという自信のある人は多くはないはずです。

大人になれば、学ぶ方法は飛躍的に多くなります。

本を読んだり、通信教育だったり、自由になるお金が増えた分だけ学ぶ方法も多くなるのです。

しかし、自主的に学びを深める、新しい事を覚えるという事は、素晴らしい事であっても、普通の事ではありません。

ましてや、会社の中で行っている業務は、同じ業務でも会社が違えば同じではありません。

学んでほしい事があるならば教えなければいけないのです。

転職してきた営業

営業に他業種から転職してきたMさんは、英語が堪能で私から見れば優秀な人でした。

海外渡航経験も豊富で、安心感があります。

本人も至って真面目な人物でありながら、私と冗談を言って笑い合っているなど、人間的にも魅力的な人だと思っていました。

しかし、私の上司の評価は違います。

営業は、月に一回、自分の顧客の売掛金回収をまとめなければいけないのですが、Mさんはそれが計画通りにいかないのです。

会社は、資金繰りに困っているわけではないので、多少回収が遅くなっても問題になることは少ないのですが、頻繁に「回収遅れ」が発生すると、経理では問題視されるのです。

Mさんの顧客は海外になるので、銀行へ支払オペレーションをしてから実際に支払われるまでタイムラグがあったり、出荷基準で売上を上げても、先方は納品基準で検収を上げるので、時間差が大きかったりと、事情がある事は理解できるのですが、本質的には彼が「月一の回収計画」をあまり重要視していない事が原因です。

他社の経験があれば知っていて当たり前か?

この事に対して、上司は「本人がだらしないからである」と結論づけています。

多少内容が違っても、他社で販売という仕事に携わっていれば「回収」までが仕事というのは当たり前であるという考えです。

私自身も、その考えには賛同できます。

しかし、もしかしたらMさんは前の会社では「回収」は別の人が行う業務であったかもしれないのです。

それならば、他の会社を経験しているから「知っていて当然」などと言うことは出来ません。

会社で「常識」だと思う事は、「狭い世界の常識でしかない」可能性を排除してはいけないと私は考えます。

経験は自動的にスキルにならない

いろいろ文句を言っている上司は、入社20年経つベテランです。

上記の理論が正しいのであれば、何でもできるスーパーマンになっているはずです。

しかし、彼に「工事指示書」を渡し、会社製品の設計をやらせたら出来るのでしょうか?

きっと、初めの一歩すら踏み出すことは出来ないでしょう。

会社にいたからといっても、会社の知識は手に入らないのです。

それは先輩から学び、上司から学び、時に教えを乞いながら身に着けていくもので、ほっといて一人前になることはほぼないのです。

しかし、長く一つの部署に勤めていると忘れてしまう事のようなのです。

私の会社の設計部は、新卒社員が最初に配属される部署なので、新人育成経験が豊富です。

それでも足りないところがいっぱいあるので、私が配属されていた時は、マニュアルを作ったりしながら早く一人前になってもらうために努力をしたものです。

しかし他の部署は、新人教育を重視していないため、ほったらかしにしています。

教えるべきことを教わる機会がないのです。

教えてあげれば解決する

新卒にしろ、転職にしろ、初めて会社の業務に触れる人は、何も知らないのが普通の事です。

知っている場合も、もちろんあるでしょうし、それを期待して即戦力として転職を受け入れる事も理解できます。

しかし、わが社の「回収計画」がどのようなもので、誰が作り、どの部署で、どのような活用をしているかを知っていたとしたら、彼は天才なのです。

それは、教わることでしか学ぶことは出来ません。

「この人は知らない」と思ったら、教えるべきなのです。

「他社の経験があるのに知らないのはおかしい」と愚痴を言うだけで何もしない事は間違っています。

実務をやらせることが教育の全てだと思っている人がいたら、それは間違いです。

計画的に業務を教えることが会社での教育です。

ほっといても仕事ができる人間がいたとしたら、それは奇跡的な事で、それを期待する事は多くの原石を磨かずに捨てるような行為だという事を自覚してほしいと思います。

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